「またやってしまった…」から回復へ 〜アディクションにおける“禁断破綻効果”を乗り越える〜

「やってしまった…」その瞬間に訪れる自己嫌悪
「もう絶対に吸わない」と誓ったタバコを1本吸ってしまった日。
甘いものを我慢していたのに、深夜にチョコレートやスナック菓子に手が伸びてしまった夜。
スマートフォンの使用を控えていたのに、気づけば動画を5時間連続で見ていた週末。
「今日は一杯だけ」と決めていたのに、飲みすぎて翌日二日酔いで目覚めた朝。
このような場面に心当たりはありませんか?
そんな時、多くの方が「やってしまった……」と深い自己嫌悪に陥ります。
「意志が弱い」「自分はダメだ」といった思考が頭を占め、再び同じ行動を繰り返してしまう――これは、**アディクションにおける“禁断破綻効果(Abstinence Violation Effect:AVE)”**と呼ばれる現象です。
MBRPとは:「やめられない」を手放すためのマインドフルネス
MBRP(Mindfulness-Based Relapse Prevention:マインドフルネスに基づく再発予防)は、アディクション(依存症)治療にマインドフルネスを取り入れた、科学的に効果が実証されている再発予防プログラムです。
2010年、アラン・マーロット博士とサラ・ボーエンらにより開発され、2014年のランダム化比較試験(Bowen et al., 2014)では、MBRPを受けた参加者は以下のような変化を示しました。
- 再使用後の“連続使用”を防ぐ傾向が見られた
- 回復過程における「レジリエンス(立ち直る力)」が育まれた
- 長期的に見ると、「自己認識」と「セルフ・コンパッション」が再発を緩和した
この結果は、「再発しないこと」よりも、「再発しても戻ってこれる力」を育むことの重要性を示しています。
禁断破綻効果とは?
禁断破綻効果(AVE)は、長く我慢していた行動を一度でもしてしまうと、その行為自体よりも「自分はダメだ」「もう続けられない」という自己批判や諦めが強くなり、そこから“破綻”が広がってしまう心理現象です。
たとえば、「もう絶対にタバコを吸わない」と決意していた人が1本だけ吸ってしまったときに、「どうせ自分は続けられない」と投げやりになり、喫煙を再開してしまう――そんなイメージです。
MBRPでは、この心理的プロセスにあらかじめ気づき、「やってしまっても、また戻ればよい」という柔軟な視点を持つことを大切にしています。
「戻ってこれる力」が、回復を支える
MBRPが私たちに教えてくれるのは、「一度も失敗しない完璧さ」ではなく、「失敗しても自分を責めずに戻ってこれる力」のほうが、持続的な回復には大切だということです。
たとえ甘いものを食べすぎてしまっても。
朝からSNSを見てしまっても。
ついまた飲んでしまっても。
「やってしまった」と気づいたその瞬間から、回復のプロセスは再び動き出します。
気づき、立ち止まり、もう一度選びなおすことができる――それがマインドフルネスの力であり、MBRPの核です。
セルフ・コンパッションが回復の鍵
MBRPでは、失敗のたびに自己批判を繰り返すのではなく、**セルフ・コンパッション(自分へのやさしさ)**を持つことを学びます。
「やってしまったけれど、今、気づいて立ち止まれている私、えらい」
「またここから、やり直そう」
このような声かけが、自分の中にある回復の力を引き出し、リラプス(再使用)からの早期回復を助けるのです。
まとめ:回復とは、“気づきなおす力”を育てること
再発しないことがゴールではなく、再発しても何度でも戻ってこられることこそが、持続可能な回復につながります。
MBRPは、
「最初から全てを断ち切る強さ」よりも、
「崩れてもまた立て直すしなやかさ」を育てます。
今日もし何かうまくいかないことがあっても、それは“終わり”ではありません。
気づいて、また今この瞬間に戻ってくることができれば、それは大切な一歩です。
最後に:マーロット博士の言葉
“Relapse is not a failure, but a part of the recovery process.”
(再発は失敗ではなく、回復のプロセスの一部である)
“Increasing awareness of high-risk situations and developing coping responses are key goals in relapse prevention.”
(ハイリスクな状況に対する気づきを高め、対処スキルを身につけることが、再発予防の主要な目的である)
参考文献
Bowen, S., Witkiewitz, K., Clifasefi, S. L., et al. (2014).
Relative efficacy of mindfulness-based relapse prevention, standard relapse prevention, and treatment as usual for substance use disorders: A randomized clinical trial.
JAMA Psychiatry, 71(5), 547–556.